スイスの連邦エネルギー庁(Bundesamt für Energie, BFE)は、2014年11月18日付のプレスリリースにおいて、放射性廃棄物の地層処分場が立地地域に与える社会影響・経済影響・環境影響に関する調査の最終報告書を公表した。BFEは、評価対象の地上施設の設置区域案(計7つ)における経済影響の差異は小さいものであるとしているが、環境影響と社会影響については、差異が大きい評価項目があるとしている。
スイスでは、特別計画「地層処分場」(以下「特別計画」という)に基づく3段階のサイト選定プロセスが進められており、現在は第2段階にあり、地層処分場が立地される可能性がある6つの「地質学的候補エリア」が検討されている。2014年5月には、各地質学的候補エリアについて、地層処分場の地上施設の設置区域案が設定された 。これにより社会影響・経済影響・環境影響を具体的に評価する条件が整ったことから、BFEは最終報告書において、それぞれの地上施設の設置区域案を相互比較できる形で評価結果を取りまとめた。
サイト選定手続きにおける社会影響・経済影響・環境影響に関する調査の位置づけ
特別計画に基づく地層処分場のサイト選定手続においては、安全基準が最重要とされているが、安全性が同等であるサイトが残った場合には、地域開発計画と社会経済的観点を考慮してサイト選定を行うとしている。
現在進められている第2段階では、最終的に低中レベル放射性廃棄物と高レベル放射性廃棄物用にそれぞれ2カ所以上の候補サイトを確定することが目標である。これに向けて、処分実施主体である放射性廃棄物管理共同組合(Nationale Genossenschaft für die Lagerung radioaktiver Abfälle, NAGRA)が安全性の観点から比較する作業を進めている一方で、連邦エネルギー庁(BFE)は地層処分場立地地域における社会経済の観点から比較する役割を担っている。なお、連邦エネルギー庁(BFE)のプレスリリースによると、安全性の観点での比較による地層処分場の候補サイトは、2015年初頭にNAGRAから提示される予定である。
BFEが今回公表した社会影響・経済影響・環境影響に関する調査結果は、安全性の観点から絞り込みができない場合にのみ考慮されることになっている。また、第2段階で確定した候補サイトについては、今回の調査結果が第3段階で実施される立地地域の開発戦略策定に活用されることになる。
社会影響・経済影響・環境影響の評価項目と評価結果
社会経済の観点からの比較材料を整えるため、社会・経済・環境の評価項目ごとに複数の評価指標を設定しており(下表参照)、評価指標に重み付けを反映させることにより、6つの大項目の評価値を算出している。こうした方法により、サイト条件が異なる地上施設の設置案を相互比較できるようにしている。
連邦エネルギー庁(BFE)はプレスリリースにおいて、今回の調査の結果を以下のように要約して示している。
- 経済影響について
地元経済への影響は、地層処分場の建設に対する投資額の多寡に直接左右される。今回の調査では、投資額は全地域同額の設定となっている。処分場建設に関連する産業の占める割合が高い地域は、処分場建設に伴う経済効果を期待することができる。一方、農業や観光の比率が比較的高い地域では、マイナスの影響が及ぶ可能性が高い。処分場受け入れに対する立地地域への補償金については、第3段階で決定される予定であり、本調査の段階では補償金の経済効果の差異は考慮していない。なお、現時点では6つの地質学的候補エリアのいずれについても、処分場の立地が他の都市計画の開発案件に干渉することはない見込みである。
- 環境影響について
地層処分場設置により土地利用の観点で最も懸念されるのは、耕作好適区域1 や掘削土、野生動物の移動経路などの問題である。また、地上施設への鉄道や道路のアクセスの状況の違いによっても、処分場設置に伴う環境影響に差異が発生する。なお、地上施設の設置区域は自然保護区域や地下水源保護区域を避けて選定しているため、そのような観点からの環境影響はほとんど確認されなかった。
- 社会影響について
人口密度が高い、住宅地域の拡大が著しい、地上施設が目につきやすいといった傾向が高ければ高いほど、処分場がもたらすマイナスの影響は大きくなる。一方、すでに産業・商業施設が近隣に立地しているような場所では、マイナス影響は小さい。なお、保護対象とされている景観については、ごくわずかな例で軽微な影響が認められるのみであった。
表 地層処分場の地上施設の設置案に対して実施された社会影響・経済影響・環境影響に関する調査の評価項目
分野 | 評価項目(大項目) | 評価項目(中項目) |
---|---|---|
経済 |
地元経済へのプラス影響 |
・処分場建設に伴う直接的な経済効果、雇用へのプラス影響(処分場への投資) ・特定業種に対する副次的経済効果(経済的枠組みの変化) ・経済価値の変化におけるプラス影響 |
地元自治体の財政へのプラス影響 |
・公的財政へのプラス影響 |
|
環境 |
資源保全 |
・土地への負荷の回避 ・地下水、鉱泉、温泉資源の保護 ・生物多様性の保全 |
温室効果ガス等排出の回避 |
・大気汚染の回避 ・騒音の回避 ・原子力以外の事故影響の回避 ・輸送に伴う環境影響の回避 |
|
社会 |
住宅地域開発 |
・都市計画(土地開発)上のプラス効果 ・人口構成及び社会としての価値に対するプラス効果 |
住宅地域保護 |
・住宅地域保護 ・住宅近隣の憩いの場の保護 ・土地・自然景観保護 |
それぞれの地質学的候補エリア及び対応する地上施設の設置区域の場所、処分場の種類は以下の表の通りである。
地質学的候補エリア名 | 地上施設設置区域の名称 | 地上施設の設置区域が位置する自治体の名称 | 地上施設の設置区域が位置する州 | 設置される処分場の種類 |
---|---|---|---|---|
ジュラ東部 | JO-3+ | フィリゲン | アールガウ州 | 低中レベル放射性廃棄物用/高レベル放射性廃棄物用 |
ジュラ・ジュートフス | JS-1 | デニケン | ゾロトゥルン州 | 低中レベル放射性廃棄物用 |
北部レゲレン | NL-2 | ヴァイアッハ | チューリッヒ州 | 低中レベル放射性廃棄物用/高レベル放射性廃棄物用 |
NL-6 | シュターデル | |||
ジュートランデン | SR-4 | ノイハウゼン アム ラインファルとベリンゲンをまたぐ | シャフハウゼン州 | 低中レベル放射性廃棄物用 |
ヴェレンベルグ | WLB-1-SMA | ヴォルフェンシーセン | ニドヴァルデン州 | 低中レベル放射性廃棄物用 |
チューリッヒ北東部 | ZNO-6b | ライナウ、マルターレン、ベンケンをまたぐ | チューリッヒ州 | 低中レベル放射性廃棄物用/高レベル放射性廃棄物用 |
【出典】
- 連邦エネルギー庁プレスリリース、2014年11月18日、
http://www.bfe.admin.ch/energie/00588/00589/00644/index.html?lang=de&msg-id=55266 - 特別計画「地層処分場」第2段階における社会影響・経済影響・環境影響に関する調査 最終報告書、2014年11月
http://www.bfe.admin.ch/php/modules/publikationen/stream.php?extlang=de&name=de_276195776.pdf&endung=Sozio%F6konomisch-%F6kologische%20Wirkungsstudie%20S%D6W%20in%20Etappe%202
- スイスの都市計画法で耕作好適地として指定がなされている区域。特別計画「耕作好適区域」の対象。 [↩]
(post by yamamoto.keita , last modified: 2024-02-13 )