米国で、トランプ大統領は2025年5月23日に、大統領令「原子力産業基盤の再活性化」に署名を行った。本大統領令では、米国が直面している人工知能(AI)の世界的な覇権争い、エネルギー自給の必要性、安定的な電源の確保などの課題を確認した上で、今後、米国が進めるべき原子力政策の方向性を示している。
具体的には、安価で信頼性が高く、安全かつ確実なエネルギーを提供し、世界的な産業及びデジタルの優位性を確保する関連サプライチェーンを構築し、エネルギー自立を達成し、国家安全保障を守り、リサイクル、再処理、商業部門の再活性化を通じた核燃料の効率と有効性を最大化することを目的とし、原子力エネルギーの発電と運転を可能な限り迅速化し、促進することを方針としている。
本大統領の第3条では、国内核燃料サイクルの強化のため、240日以内にエネルギー長官に対して、以下の報告書を作成して提出することを求めている。
- 使用済燃料及び高レベル放射性廃棄物の管理をサポートし、長期的な核燃料サイクルを確立するための核燃料サイクルの開発及び導入をサポートするための政策の推奨案
- 核燃料サイクル政策を実現するために必要なものとして、法律における法的権限の見直し
- 連邦政府が所有して民間が運営する再処理・リサイクル施設へ使用済燃料を移送するための法的、予算的、政策等の考慮事項
- 再処理、リサイクルで発生する放射性廃棄物の処分に関する提言
- 有益な歴史的及び現在の再処理、分離、貯蔵施設の再評価
また、現在検討が進められている余剰プルトニウムを希釈した上で処分する計画の中止を求めている。さらに、10基の原子炉の新設、閉鎖された原子力発電所を再稼働するための資金調達などの措置を求めている。
本大統領令の第5条では、原子力分野での労働力の拡大のため、教育プログラムの拡充・予算措置、大学の学生、原子力プログラムに関連する連邦職員へのエネルギー省が持っている専門知識へのアクセス向上などの施策が列記されている。
今後は、大統領令が公布された2025年5月23日から240日以内に、歳出法による予算に基づいてエネルギー長官などが検討して報告書を取りまとめ、大統領に提出されることとなる。
<大統領令「原子力産業基盤の再活性化」(仮訳)>
合衆国憲法及びアメリカ合衆国法に基づいて、大統領として私に与えられた権限により、ここに命令する:
第1条 目的
米国はもともと、大きな危機の時代に原子力技術を開拓した。現在、われわれは、人工知能(AI)の世界的な覇権争い、エネルギー自給の必要性の高まり、国家安全保障のための遮断されることのない電力供給へのアクセスなど、新たな課題に直面している。
米国が、他の先進国が10年間で追加したのと同じ量の原子力発電能力を追加するのに40年近くかかった。さらに、米国の先進的な原子炉設計の導入が衰退するに従って、2017年以降に世界中で設置された原子炉の87%は、外国2カ国の設計に基づいている。同時に、米国の核燃料サイクル・インフラは著しく萎縮しており、米国はウラン濃縮・転換サービスだけでなく、ウランの海外供給源にも大きく依存している。 このような傾向を続けることはできない。
第2条 政策
米国は、米国国民に安価で信頼性が高く、安全かつ確実なエネルギーを提供し、42 U.S.C. 16271(b)(1)(A)に定義される先進的原子炉技術に電力を供給し、世界的な産業及びデジタルの優位性を確保する関連サプライチェーンを構築し、エネルギー自立を達成し、国家安全保障を守り、リサイクル、再処理、商業部門の再活性化を通じて核燃料の効率と有効性を最大化するため、原子力の発電と運転を可能な限り迅速化し、促進することを方針とする。
第3条 国内核燃料サイクルの強化
(a) 本大統領令の日から240日以内に、エネルギー長官は、国防長官、運輸長官、大統領府管理・予算局(OMB)長と連携して、国家エネルギー支配評議会(National Energy Dominance Council)議長及び科学技術政策局長を通じて、以下を含む報告書を作成し、大統領に提出する。
(i) 使用済燃料及び高レベル放射性廃棄物の管理をサポートし、安全で、安全保障上信頼でき、持続可能な長期的な燃料サイクルを確立するための先進的な核燃料サイクル能力の開発及び導入を支援する国家政策の推奨案。
(ii) 本条(a)(i)で推奨される国家政策を実現するために必要、または、望ましい立法上の変更を特定するための関連する法的権限の見直し。
(iii) 国防総省及びエネルギー省の原子炉の運転から発生した使用済燃料及びエネルギー省が管理するその他の使用済燃料の再処理と再利用の評価並びに国防総省とエネルギー省が、このような再処理と再利用のプロセスを改善するために講じている、または、講じなければならない措置に関する議論。
(iv) 使用済燃料を原子炉から政府所有の民間運営の再処理・リサイクル施設へ効率的に移送するための法的、予算的、政策上の考慮事項の分析。
(v) 再処理及びリサイクルを通じて回収されたウラン、プルトニウムその他の製品(products)の効率的な利用に関する提言。
(vi) 最終処分過程のリサイクルまたは再処理で発生する廃棄物を、効率的に処分するための勧告。
(vii) 処分に回す前に、国家安全保障、医療、産業、科学分野に価値のある同位元素等の核廃棄物に含まれる物質(nuclear waste material)の評価を行うための推奨プロセス。
(viii) 廃止が予定されており、価値のある材料、同位体、設備、許可、運営、または経験豊富な作業員を有し、運営の継続または拡大により燃料サイクル、または、国家安全保障上の利益をもたらす可能性がある歴史的及び現在の再処理、分離、貯蔵施設の再評価
(ix) 使用済及び未使用の先進的核燃料、そのような燃料を含む先進的原子炉を、国内及び海外に安全かつセキュアで環境的に適切な方法で輸送するための方法及び技術の開発プログラム。これには、このイニシアチブを支援するために必要な立法措置を含む。
(b) 本大統領令の公布日から120日以内に、エネルギー長官は、原子力規制委員会委員長及び大統領府管理・予算局(OBM)長と協議の上、トリチウム製造、海軍用推進装置及び核兵器に必要な備蓄を保持することを条件として、低濃縮ウラン(LEU)、高濃縮ウラン(HEU)並びに高純度低濃縮ウラン(HALEU)の民生用及び防衛用原子炉の予測需要を満たすのに十分な国内ウラン転換能力及び濃縮能力の拡大に関する計画を策定しなければならない。ただし、当該計画は、計画に定められた期限に基づいて実施されなければならない。
(c) エネルギー長官は、サウスカロライナ州に対するエネルギー省の法的義務に関係する場合を除き、余剰プルトニウムの希釈処分プログラムを中止しなければならない。エネルギー長官は、このプログラムに代えて、余剰プルトニウムを処理し、先進的原子炉用燃料の製造に利用可能な形態で産業界に提供することにより処分するプログラムを確立しなければならない。
(d) エネルギー長官は、本大統領令の公布日から90日以内に、必要に応じて国防長官と協議の上、米国の核兵器備蓄を近代化するという国家安全保障上の必要性を考慮し、本大統領令及び核燃料安全保障法の政策目標と整合するよう、エネルギー省の余剰ウラン管理政策を更新しなければならない。エネルギー長官は、申請日から3年以内に、適格試験炉またはパイロットプログラム炉に燃料を供給する技術的及び財務的な実現可能性を示す燃料製造施設の開発のための契約を優先しなければならない。
(e) 本大統領令の公布日から30日以内に、エネルギー長官は、司法長官及び連邦取引委員会委員長と連携して、1950年国防生産法(DPA)第708条(c)(1)で大統領に与えられた権限(50 U.S.C. 4558(c)(1))を行使しなければならない。この権限は、2012年3月16日の大統領令13603(国家防衛資源整備)に基づいてエネルギー長官に委任されており、DPA第708条に基づき国内の原子力エネルギー企業との自主協定締結を目指す。エネルギー長官は、連邦政府がトリチウム生産、海軍用推進装置、核兵器のために必要とするものを含め、低濃縮ウラン(LEU)及び高濃縮ウラン(HALEU)の共同調達のための客観的なマイルストーン(例えば、エネルギー省が承認した概念的安全設計報告書、燃料の民間資金調達能力、実証された技術能力など)を達成した企業との契約を優先すべきである。
(f) エネルギー長官、司法長官及び連邦取引委員会委員長は、DPA(50 U.S.C. 4558(c), (d), (e), (f)(1)(A))第708条(c), (d), (e), (f)(1)(A)に基づき、エネルギー長官が本条(e)項に基づいて契約を締結するために必要なすべての適切な措置を講じなければならない。
(g) 司法長官は、連邦取引委員会委員長と協議の上、DPA第708条(f)(1)(B)(合衆国法典第50編第4558条(f)(1)(B))に規定する認定を、いかなる合意に関しても行うべきか否かを検討し、自主的合意の成立後30日以内に、必要に応じて当該認定を公表しなければならない。
(h) かかる自主的合意は、国内の原子力エネルギー企業との協議をさらに可能にし、使用済燃料のリサイクル及び再処理を含む使用済燃料管理能力の向上策について議論し、実施することを可能にするものとし、これにより、我が国の原子炉の継続的な信頼性の高い運転を確保する。また、かかる自主的合意は、粉砕、転換、濃縮、再転換、加工、リサイクル、または再処理を含む核燃料サプライチェーンの能力が、我が国の既存及び将来の原子炉の継続的な信頼性の高い運転を可能にするために利用可能であることを確保するためのコンソーシアム及び行動計画を確立するための産業界との協議を可能にするものとし、エネルギー長官は、適用法に従い、転換、濃縮、再処理、製造能力を含む、新たに確立された国内燃料供給の引き取りを確保する手段として、そのようなコンソーシアムに調達支援、先物契約、または保証を提供する権限を有する。
第4条 原子力発電所の再稼働、完成、高出力化、または建設のための資金調達.
(a) 原子力発電所の新設のスピードと規模を最大化するため、エネルギー省は、2030年までに、既存の原子炉に5ギガワットの出力向上を促進し、設計が完了した大型原子炉を10基新設できるよう、原子力業界との協力に優先的に取り組むものとする。これらの目標達成を支援するため、エネルギー省融資プログラム局を通じ、エネルギー長官は、連邦信用改革法及びその他の適用法、OMB Circular A-11 の要件に従い、閉鎖された原子力発電所の再稼働、稼動中の原子力発電所の出力増加、早期に中断された原子炉の建設完了、新型原子炉の建設、核燃料サプライチェーンのあらゆる関連側面の改善のための資源を利用できるようにする措置を含め、原子力を支援する活動を優先するものとする。
(b) また、エネルギー省長官は、国防長官と調整し、電力回復力が不十分な施設や送電網が脆弱な施設にまず焦点を当て、適用される法律と整合性を保ちながら、閉鎖された原子力発電所を軍のマイクログリッド支援のためのエネルギーハブとして再稼働または再利用することの実現可能性を評価するものとする。
(c) 本大統領令の公布日から180日以内に、エネルギー長官は、中小企業庁長官と連携し、充当可能な予算に従い、補助金、融資、投資資本、資金調達機会、及びその他の連邦支援を通じて、適格な先進原子力技術に優先的に資金を提供する。優先順位は、設計及び技術の成熟度、資金的裏付け、並びに技術の短期的展開の可能性が最も高いことを示す企業に与えられるものとする。
第5条 原子力労働力の拡大
(a) 2025年4月23日の大統領令14278(Preparing Americans for High-Paying Skilled Trade Jobs of the Future)に従い、原子力工学及び原子力産業を支援するその他の職業・教育経路は、重点分野及び優先分野とみなされる。
(b) 本大統領令の公布日から120日以内に、労働長官及び教育長官は、原子力関連の登録実習生及び職業技術教育プログラムへの参加を以下の方法で増やすよう努めるものとする:
(i) 徒弟(apprenticeship)制度仲介契約を利用し、既存の裁量資金を適切かつ適用法に合致するように配分し、業界団体及び雇用主を関与させて、徒弟制度のギャップ分析を実施し、徒弟制度が十分に普及していない原子力関連職種における登録徒弟制度の開発を促進する。
(ii) 改正された労働力革新・機会法(公法113-128)に基づき提供される資金を、原子力技術及びその他の原子力関連技能を開発し、実務ベースの学習機会を支援するために使用するよう、州及び助成団体に奨励する。
(iii) 適用される法律に従い、原子力工学及びその他の原子力関連技能訓練と実地学習を、雇用訓練庁及び職業・技術・成人教育省の裁量補助金プログラムにおける補助金の優先事項として確立する。
(c) 本大統領令の公布日から120日以内に、教育補助金を提供するすべての行政省庁は、適宜、適用法に則り、原子力工学及びその他の原子力関連の職業を、投資の優先分野として考慮しなければならない。
(d) 本大統領令の公布日から120日以内に、エネルギー長官は、原子力工学及びその他の原子力関連分野を学ぶ大学生及び大学学生、ならびに原子力プログラムに関連する国防省の職員のために、エネルギー省国立研究所における研究開発インフラ、労働力、及び専門知識へのアクセスを向上させるための措置を講じるものとする。
第6条 その他の規定
本大統領令のいかなる規定も、調達措置及び関連政策に関連するOMBの機能を損なったり、その他の形で影響を及ぼすものと解釈されてはならない。本大統領令は、OMB長官が定める予算、立法、調達のプロセスおよび要件に従って実施されるものとし、本大統領令に起因する新たなプログラムの開始、連邦資金の義務付け、もしくは確約、または立法案もしくは調達案の提出に先立ち、適宜OMBと調整されるものとする。 本大統領令は、適用される法的要件を遵守し、核不拡散義務に適合し、最高の保障措置、安全、セキュリティ基準を満たす方法で実施されなければならない。
第7条 一般規定
(a) 本大統領令のいかなる規定も、これを損なったり、その他の影響を及ぼすものと解釈されてはならない:
(i) 行政機関またはその長に法律で与えられた権限。
(ii) 予算案、行政案、立法案に関する大統領府管理・予算局長の機能。
(b) 本大統領令は、適用される法律に従い、充当可能な予算の範囲内で実施される。
(c) 本大統領令は、米国、その省庁、機関、団体、その役員、従業員、代理人、またはその他の人物に対して、いかなる当事者も公法上または衡平法上の執行可能な、実質的または手続的な権利または利益を創出することを意図しておらず、また創出するものではない。
(d) エネルギー省は、この大統領令を連邦官報に掲載するための資金を提供しなければならない。
【出典】
- 2025年5月23日署名、大統領令「原子力産業基盤の再活性化」
https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/05/reinvigorating-the-nuclear-industrial-base/
(post by inagaki.yusuke , last modified: 2025-06-02 )