フィンランドにおける高レベル放射性廃棄物処分
[1] 1983年の原則決定
1983年の政府の原則決定では、使用済燃料の管理に関する政府の考え方について、原子力発電事業者が外国に再処理を委託し、かつ再処理で発生する放射性廃棄物がフィンランドに返還されない形で再処理契約を締結する方向で交渉すべきとする方針が述べられていました。しかし、こうした再処理契約が実現しない可能性に備えて、使用済燃料を原子炉から取り出してから40年後(2020年)に処分開始できるような目標を定めています。
フィンランドでは、処分地の選定方法は法律で定められていません。フィンランドには「原則決定」と呼ばれる、この国特有の政策決定手段があり、この形式で1983年に地層処分場のサイト選定段階と目標時期が設定されました。原則決定とは、政府や行政省庁が政策を進める根拠として政府が決定する文書(及びその内容を閣議で承認すること)を言います。原則決定は、民間事業者に対しても一定の効力が及びます。
1983年の政府の原則決定は、フィンランドで4基目の原子炉が商業運転を開始した翌年に行われました。原子力発電から発生する放射性廃棄物の管理に関する研究、調査、実施計画策定において順守すべき目標を定めたものです[1]。この中で、高レベル放射性廃棄物の最終処分地を2000年末までに選定できるように、サイト調査を3段階で進めることを規定しました。
サイト調査が進む中、1987年に原子力法の全面改正が行われ、最終処分場を含む原子力施設の導入計画について、建設許可申請よりも早い時期から、国民、施設設置予定の地元や隣接の自治体、規制機関などが意見を表明する機会が設けられました。これにより、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の建設予定地が、建設許可申請のかなり前の時期に決まることになっており、フィンランドにおけるサイト選定の特徴となっています。
具体的には、原子力法における立法措置として、原子力施設の導入計画の是非を政府が判断するステップを導入し、これをフィンランド固有の政策決定手段である原則決定で行うようにしました。このステップは「原則決定手続き」と呼ばれています。原子力法には、原則決定において政府が何を判断するかが明記され、その手続き様式が規定されています。この手続きは、事業者が事業計画内容についての判断を政府に申請するという形を取り、その事業計画がフィンランドの「社会全体の利益に合致する」ことを政府が判断します。政府が判断を下す前に、原子力施設の立地予定の自治体が受け入れに好意的であることを確認しなければなりません。また、規制機関である放射線・原子力安全センター(STUK)が、事業内容について安全面から支障がないという見解であることを確認する必要もあります。
原子力法には、政府の原則決定文書を有効とするには、国会での承認を必要とする条項も盛り込まれています。政府や国会での判断に影響するような、大きな出費を伴う事前の活動(大規模な地下掘削など)は禁止されています。
フィンランドでは、1994年に環境影響評価手続法が制定されました。環境に重大な影響が生じる可能性がある事業について、市民を含む利害関係者が情報を事前に入手し、計画策定や意思決定に参加する機会を増やすことを目的とした制度です。最終処分場を含む原子力施設の場合には、原子力法に基づく原則決定手続きの申請に先だって、環境影響評価(EIA)を実施し、その評価書を申請書に添付する必要があります。
環境影響評価(EIA)は、①EIA計画書の作成段階と、②EIAを実施して報告書にまとめる段階から構成されます。事業者がEIA計画書を監督官庁(原子力施設の場合は雇用経済省)に提出し、監督官庁が対象地域住民を含めた関係者に意見を求めます。寄せられた意見を踏まえて、監督官庁は、必要に応じて計画書に変更を指示します。
EIAでは、狭い意味での自然環境に対する影響だけではなく、景観、社会生活への影響、経済的な影響を含めた総合的な評価を行うものです。
事業者が作成するEIA報告書は、原子力法に基づいて政府が原則決定を行う際の判断材料の一つです。このため、雇用経済省は、原子力法の規定に基づき、地元自治体で公開の集会(公聴会)を開催するとともに、公告を通じた意見募集で寄せられた意見を踏まえ、実施されたEIAの適切さについての判断を意見書としてまとめます。
フィンランドの処分事業の経緯
サイト調査の当初(サイト確定調査と概略サイト特性調査)は、オルキルオト原子力発電所を所有するTVO社が実施しました。1994年の原子力法改正による使用済燃料の輸出入禁止以降は、原子力発電事業者2社が設立したポシヴァ社がサイト調査を継承しました。
1983年からのサイト確定調査では、、大規模な亀裂帯を回避し、安定な基盤岩ブロックを選定するために、最初に航空写真や地形図等の文献調査が行われ、フィンランド全土から100~200km2の大きさからなる327カ所の目標地域が選定されました。次に、基盤岩の大きさや地形等の地質学的要因や、人口密度・使用済燃料の輸送等の環境要因に関する文献調査により目標地域の絞込みが行われ、5~10km2の大きさからなる102カ所の調査地域が選定されました。その後、調査に対して自治体から同意を得る等のプロセスを経て、最終的に5カ所で地表からのボーリング等による概略サイト特性調査が行われました。その後、より適した場所と考えられた4カ所で、ポシヴァ社が詳細サイト特性調査を行いました。これらの4カ所では、最終処分場の地上施設と地下施設を建設・操業する場合の環境影響評価も実施しました。
ポシヴァ社は、1999年3月に、4カ所の候補地点について使用済燃料の処分を行った場合の長期安全性に関する報告書『ハーシュトホルメン、キヴェッティ、オルキルオト、ロムヴァーラにおける使用済燃料処分の安全評価』(TILA-99)をまとめました。その結果からポシヴァ社は、エウラヨキ自治体のオルキルオトを選定し、原子力法で定められた原則決定手続きに基づく申請を1999年5月に行いました。
STUKはTILA-99を評価し、2000年1月12日に肯定的な見解書を政府に提出しました。その見解書を見た上で、エウラヨキ自治体は2000年1月24日に議会で投票を行い(賛成20/反対7)、最終処分場の受け入れ意思を表明することを決定しました。これらの結果を受けて、政府は2000年12月に原則決定を行い、その決定内容を国会が2001年5月に承認しました(賛成159/反対3)。これにより、エウラヨキ自治体のオルキルオトが最終処分地に決定しました。フィンランドは、世界で最初に高レベル放射性廃棄物の処分地が決定した国です。
「原則決定手続き」という原子力施設導入計画の承認する制度では、国会において政府の原則決定が承認されるまでは、大規模な地下掘削が禁止されています。このため、わが国のサイト選定プロセスでは精密調査段階で実施される調査は、フィンランドでは最終処分地が決定した後に実施することになっているのが特徴です。オルキルオトでは、2004年6月から地下特性調査施設(ONKALO)の建設が開始されました。
ポシヴァ社は、最終処分地決定の判断資料として1999年に作成した環境影響評価(EIA)報告書において、4つの候補地の自治体のそれぞれに対する処分場の立地が社会経済面に及ぼす影響の評価を、右の表にある項目に対して行いました。
このうち地域構造への影響に対する評価結果では、どの自治体においても、農業・観光業・不動産価値に対して特にマイナスの影響が出ることはないと評価されています。むしろ、どの自治体でも雇用の創出、人口増加を始めとする経済効果などが生じると見込まれています。
フィンランドにおいて、処分場等の原子力施設の立地に関連する自治体に対して制度的に経済的便宜供与が行われるものは、税制における固定資産税の優遇措置のみです。
地元自治体は通常の固定資産税率を0.5%から1.0%の間で任意に定めることができますが、原子力発電所や放射性廃棄物管理施設については、その上限が2.2%(1999年当時)まで引き上げられていました。このため、地元自治体にとっては、処分場の立地による固定資産税の増収を見込むことができます。固定資産税率の上限は、税制関連法令の改正につれて引き上げられており、2016年以降では3.1%となっています。
処分場立地に関して、ポシヴァ社と地元エウラヨキ自治体と間で協力協定が1999年に結ばれています。この協定は、ポシヴァ社及びエウラヨキ自治体の代表による少人数のワーキンググループの議論から始まったもので、両者の協力の可能性を探し出すことを目的として行われました。ポシヴァ社は同年にオルキルオトにおける処分場建設のための原則決定の申請を行っていますが、この原則決定が国会で承認されることを協定発効上の条件として結ばれました。
この協力協定に基づいて、ポシヴァ社はエウラヨキ自治体に対して、新たに高齢者向けホーム施設を建設する資金を貸与しています。一方のエウラヨキ自治体は、老朽化対策に悩んでいた高齢者向けホーム施設をポシヴァ社にリースしています。ポシヴァ社は、その施設を改装して事務所として利用しています。ポシヴァ社はその設立時から、処分場建設地が決定した時にはその施設を利用する方針でした。この施設は、1836年に建設された旧領主邸宅という歴史がある建物です。ポシヴァ社は、施設の一部をレストラン・多目的ホールとして観光客や自治体住民が利用できるようにしています。