スイスにおける高レベル放射性廃棄物処分
スイスの連邦評議会は、原子力令(2005 年2月施行)において、「放射性廃棄物処分に関する拘束力のある目標及び基準を“特別計画”で定める」と規定しています。特別計画とは、地域と環境に重大な影響を及ぼすプロジェクト―例えばエネルギーインフラや交通網など―を確定する手続きとして都市計画法で定められている手続きです(ドイツ語ではザッハプランといいます)。
特別計画は「方針部分」と「実施部分」から構成されます。特別計画「地層処分場」の方針部分では、サイト選定の手順と目標スケジュールのほか、プロセスに関わる連邦政府や州と自治体、隣接諸国及び実施主体の役割についても事前に取り決めます。残りの実施部分は、方針部分で定めたプロセスの実施成果を取り込んでいくことにより、完成させることになります。完成した特別計画全体は、選定されたサイトでの地層処分プロジェクトの許認可手続きの最初のものとなる「概要承認」を申請できる条件の一つとなります。
[8]概要承認
原子力法に基き、原子力施設の導入プロジェクトで行われる最初の許認可手続きです。
1959年制定の旧原子力法では、建設許可と操業許可の2段階の手続きが定められていましたが、概要承認はそれらに先立つ手続きとして、1978年の連邦議会の「原子力法に関する連邦決議」に盛り込まれていました。
2005年施行の原子力法において、概要承認の手続きが正式に組み込まれました。旧原子力法の制度では、原子力施設に関する一部の許可発給権限が州にも付与されていましたが、新たな原子力法に基づく制度では、連邦に一元化されました。ただし、連邦評議会が原子力施設に関する許可を発給する際には、関係する州の懸念をプロジェクトが極度に制限を受けない範囲で考慮するよう規定されています。
「概要承認」[8]は、原子力法に基づく原子力施設の導入に際しての最初の許認可手続きであり、スイス特有のものです。地層処分場の概要承認では、立地場所やプロジェクトの基本事項などを定めることになります。連邦評議会が概要承認を発給しなければ、実施主体は建設許可申請をおこなうことができません。
連邦評議会が発給する概要承認が有効となるには、連邦議会の承認が必要です。なお、議会の承認から100日以内に5万人の署名が集まれば国民投票にかけることができ、これは「任意の国民投票」と呼ばれます。その場合、可決には過半数の賛成が必要となっています。
特別計画では処分場の立地に関する空間概念が右図の通り示されています。
特別計画第1段階で選定される“地質学的候補エリア”は、地質学上の要件を満たし、そのエリアの地下に処分場の建設できる可能性がある候補地の幅広いエリアです。地質学的候補エリアを包み込む“計画範囲”は地上施設が建設される可能性のある領域です。
“サイト地域”は地質学的候補エリアに所在する自治体、計画範囲の境界内部に全体または一部が含まれる自治体、その他関係する自治体から構成されます。これらの自治体の代表や住民は「地域会議」へ参加します。地域会議の活動については、「VI.2.処分事業の透明性確保とコミュニケーション」にまとめています。
地層処分場に関する特別計画は、原子力令に基づき連邦政府が策定します。方針部分の策定作業は、2006年3月から連邦エネルギー庁(BFE)を中心として進められ、州や自治体に加え、ドイツ、オーストリアなどの近隣諸国からも意見聴取がなされました。特別計画「地層処分場」は、作業開始から約2年をかけた2008年4月に策定に至りました。
特別計画「地層処分場」では、サイト選定に関わる連邦政府や州と自治体、隣接諸国及び実施主体の役割についても規定されています。主な組織の役割は右の表に示す通りです。
サイト選定の進め方について、以下の優先順位で進めることも規定しています。
特別計画「地層処分場」では、高レベル放射性廃棄物用と低中レベル放射性廃棄物用の2つの処分場を建設すると規定していますが、同じ場所に高レベル及び低中レベルの放射性廃棄物用処分場を建設することも可能としています。
特別計画が規定する安全性と技術的実現可能性に関するサイトの評価基準
NAGRAが地質学的候補エリアを提案する際に採用した絞り込みプロセス
特別計画に基づくサイト選定の第1段階は、2008年10月に、放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)が処分場の地質学的候補エリアを提案したことを受けて始まりました。
特別計画(の方針部分)では右表に示すように、安全性と技術的実現可能性に関するサイトの評価基準が定められました。NAGRAはこの基準に従って全国から絞り込みを進め(右段の囲み記事を参照)、高レベル放射性廃棄物の地層処分場の地質学的候補エリアを3カ所提案しました。
第1段階ではNAGRAの提案に対する規制機関等による審査、及び連邦エネルギー庁(BFE)が作成する成果報告書とファクトシートの草案に対する意見聴取などが行われました。審査や意見聴取を踏まえ、成果報告書とファクトシートが改訂されました。2011年11月に、連邦評議会が、NAGRA が提案した3カ所の地質学的候補エリアを承認したことにより、第1段階が終了し、地質学的候補エリアが確定しました。
高レベル放射性廃棄物の地層処分場の地質学的候補エリア3カ所は、いずれも地下400~900mの範囲に、地層処分場の母岩となるオパリナス粘土が十分な厚さで存在していると評価されています。なお、低中レベル放射性廃棄物の地層処分場については地質学的候補エリアが6カ所選出され、そのうち3カ所は高レベル放射性廃棄物について選出された地質学的候補エリア3カ所とほぼ重なっています。
第1段階では地質学的候補エリアの確定作業と並行して、第2段階での“候補サイト”の選定作業に必要な検討が行われました。これらの主要な成果として、BFEは次の点を示しています。
それぞれの放射性廃棄物の地質学的候補エリアとその面積
2011年12月にサイト選定手続きの第2段階が開始されました。2012年1月にNAGRAと連邦エネルギー庁(BFE)は「計画範囲」に含まれる20カ所の地上施設区域の案を公表しました。設置区域は、安全性及び技術面からの現実性、土地利用に関する適合性及び環境との適合性、地域との調和を考慮して提案されました。BFEの主導で設置され、自治体の代表や住民が参加する「地域会議」は地上施設の設置区域について独自の提案をしました。NAGRAはこれらの提案の成果を踏まえ、14カ所を追加検討し、2013年秋から2014年5月末にかけて、地上施設の設置区域を6つの計画範囲について合計7カ所を提案しました。
BFE は2012年6月に地層処分場が立地する地域に与える経済影響に関する第1回目の中間報告書を公表しました。同報告書は、6カ所の地質学的候補エリアを包含する形で設定されている「サイト地域」を対象に①地元経済、②雇用、③観光業、④農業、⑤税収、⑥対価(交付金)について分析しています。いずれのサイト地域でも経済的にプラスまたはマイナスの影響のどちらも小さいと結論付けています。
その後2014年11月に、BFEは社会・経済・環境影響に関する最終報告書を公表しました。最終報告書では、NAGRAが2014年5月までに提案した7カ所の地上施設の設置区域を比較しており、その結果、環境影響と社会影響については、差異の大きい評価項目があると結論付けています。
2014年には、右上のフロー図中に示すとおり、NAGRA が予備的安全評価とサイトの比較作業を実施しました。NAGRAは科学的・技術的な基準に基づいて絞り込みを行い、2015年1月末に「チューリッヒ北東部」及び「ジュラ東部」の2つを提案しました。NAGRA はいずれについても不透水性の岩盤が適切な深度にあり、氷河等による侵食の影響を受けず長期に安定して存在しているため、放射性廃棄物を安全に閉じ込めることができるとしています。第2段階の完了は2018年半ばと見込まれています。
現在、連邦原子力安全検査局(ENSI )がNAGRAの提案を審査しています。他方、NAGRAはサイト選定第3段階の実施に向けて、三次元弾性波探査を2015年10月から12月にかけてジュラ東部で実施、チューリッヒ北東部においては2016年2月に実施しました。ボーリング調査についてもNAGRAは準備を進めており、2016年9月に許可申請書を連邦エネルギー庁へ提出しました。
第3段階では、右図の流れでNAGRAが概要承認申請書をBFEに提出し、高レベル放射性廃棄物用処分場と低中レベル放射性廃棄物用処分場のサイトを提案します。低中レベル放射性廃棄物用処分場が高レベル放射性廃棄物用処分場と同じサイトで提案される可能性もあります。
「概要承認」の連邦議会による承認後は、地下特性調査施設の建設等の詳細な地球科学的調査が実施され、実施後は建設許可、操業許可の手続きが行われます。処分場の建設許可、操業許可の手続きは別途必要となっています。
環境影響評価は、特別計画及び環境影響評価に関する政令に基づき、予備調査、第1ステージ、第2ステージの順序で進められます。まずNAGRAはサイト選定第2段階で環境影響の予備調査を実施し、環境影響評価の第1ステージの仕様書を作成します。サイト選定第3段階では概要承認を申請する際にNAGRAが環境影響評価第1ステージの報告書を提出し、第2ステージの仕様書を作成します。建設許可を申請する際には環境影響評価第2ステージの報告書を提出します。
スイスでは、現時点では地域振興を目的とした法的な枠組みはありませんが、地層処分場プロジェクトに関する特別計画の確定手続きにおいて、サイト確定後に交付金について検討することを明文化しています。
特別計画によると、交付金について、法的根拠は定められていないものの、第3段階において交付金に関する検討が行われ、概要承認が発給されてから、実施主体であるNAGRAを通じて廃棄物発生者が支払うことが規定されています。交付金の配分と用途については、地質学的候補エリアや計画範囲に含まれる自治体等が検討し、州などに提案することになっています。