スイスにおける高レベル放射性廃棄物処分
スイスでは、高レベル放射性廃棄物用と低中レベル放射性廃棄物用の2カ所の処分場を建設する予定ですが、地質条件等によっては、全ての放射性廃棄物を対象とした処分場を1カ所に建設する可能性もあることが特別計画「地層処分場」というプロジェクト確定手続きで定められています。
高レベル放射性廃棄物用の地層処分場では、英国とフランスに委託した再処理に伴って返還されるガラス固化体とともに、残りの使用済燃料を処分します。また、ガラス固化体とともに返還される長寿命中レベル放射性廃棄物(TRU 廃棄物)も、高レベル放射性廃棄物用の処分場で処分する予定です。
ガラス固化体は、鋼鉄製の容器(オーバーパック)に封入して処分する計画です。スイスでは、ガラス固化体を収納している容器をフラスコと呼び(日本では、これをキャニスタと呼んでいます)、それをオーバーパックした容器全体をキャニスタと呼んでいます。
使用済燃料の場合は、燃料集合体の形状のまま、鋼鉄製の容器に収納・封入して処分する計画です。
NAGRAが2016年に公表した見積りによると、国内4基の原子炉を60年間、1基を47年間運転した場合、約2,932トンの使用済燃料が発生すると評価しています。このうち、2016年時点で約1,139トンが既に再処理されており、残りの約1,793トンは直接処分する見込みです。NAGRAは、処分することになるキャニスタの量について、ガラス固化体を収納したものが398m3)、使用済燃料を収納したものが8,995m3)と評価しています。
NAGRAは、高レベル放射性廃棄物用の地層処分場は、スイス北部の地下に分布する堆積岩「オパリナス粘土」を母岩とする地層がある、深さ400~900mの場所に設置することを検討しています。オパリナス粘土は、約1億8,000万年前のジュラ紀に形成された堆積岩の一種です。
スイスでは「監視付き長期地層処分」概念に基づく処分場で処分する方針です。このため、地下には、高レベル放射性廃棄物の処分エリア、長寿命中レベル放射性廃棄物の処分エリアに加えて、パイロット施設が設けられます。
パイロット施設は、少量の廃棄物を処分することにより、処分後に生じる変化や挙動をモニタリングし、予測モデルの正しさを確認したり、想定外の悪影響を早期に検出できるようにする目的で設置します。パイロット施設の設置は法律(原子力法及び同令)での要求事項となっています。
ガラス固化体または使用済燃料を収納したキャニスタは、坑道内で、ベントナイトブロック製の台座の上に横置きに定置します。残った空間を、粒状化したベントナイトで埋め戻す方法を検討しています。
スイスでは、原子力令に基づき、地層処分場の建設地の選定は、都市計画法で制度化されている特別計画(ドイツ語でザッハプランといいます)というプロジェクト確定手続きで段階的に進められています。この手続きは2008年から開始されており、2011年11月に、高レベル放射性廃棄物の地層処分場のための候補地として、3カ所の地質学的候補エリアが確定し、3段階からなるサイト選定プロセスの第1段階が終了しました。サイト選定プロセスの詳細については、「IV. 処分地選定の進め方と地域振興」の「1.処分地の選定手続き・経緯」において説明しています。
いずれの地質学的候補エリアでも、地下にオパリナス粘土の地層の存在が確認されています。堆積岩の一種であるオパリナス粘土は、安定性や低い透水性といった特性から地層処分場の母岩としての適性が高いとされています。
2005年2月に施行された原子力法及び同令において、原子力発電事業者は「放射性廃棄物管理プログラム」を5年ごとに作成し、規制機関の承認を受けることが義務づけられています。このプログラムは、廃棄物の種類や量、処分場建設の実施計画等を記述するものです。放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)は、放射性廃棄物管理プログラムを2008年10月に連邦政府に提出、2013年8月には連邦評議会が承認しました。
連邦評議会はこの際に、同プログラムに沿って実施される研究開発計画、及び放射性廃棄物管理費用の見積りに関する報告書の提出に合わせ、次回の更新版のプログラムの提出を2016年にするようNAGRAに要求したことを受けて、NAGRAは2016年12月に放射性廃棄物管理プログラムの更新版を提出しました。
2016年の廃棄物管理プログラムでは、処分場のサイト選定手続きが2031年に終了すると見込んでいます。地下特性調査施設の建設及び調査の実施後、処分場の建設を開始し、2060年頃に操業が開始される予定です。
スイスにおける高レベル放射性廃棄物処分に関する研究は、放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)が中心となり実施されています。NAGRAは、地表調査、ボーリング調査、地下研究所での研究活動などを通して、処分場のサイト選定、安全評価、処分プロジェクトに必要なデータの収集及び評価、処分場及び人工バリアの設計、操業過程の計画立案、性能評価用のデータ及びモデルの検証などを行っています。またこの他に、処分プロジェクトの計画の基盤となる放射性廃棄物の特性評価及びインベントリの作成なども行っています。NAGRAの研究は、スイスの国立研究機関であるパウル・シェラー研究所(PSI)との緊密な協力をはじめとして、大学、研究機関及び民間機関との協力により進められています。
原子力令(2005年制定)において5年毎の策定が義務づけられている「放射性廃棄物管理プログラム」について、放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)は2016年に、第2回目のプログラムを公表しました。このプログラムの中で、処分事業の進捗の各段階で必要となる研究・開発事項などをまとめています。
NAGRAは、2016年12月に『スイスにおける放射性廃棄物処分のための研究・開発・実証計画書』(Nagra Technical Report 16-02)を作成しています。この計画書は「処分の実現可能性実証プロジェクト」及び連邦政府のプロジェクトに対するレビューから明らかになった課題、さらに今後5~10年に行うべき作業計画をまとめています。また、計画書の改訂を「放射性廃棄物管理プログラム」の次回更新に合わせて、2021年に予定しています。
なお、原子力令の制定以前にも、NAGRAは、高レベル放射性廃棄物の処分研究に関する計画書を作成していました。1995年にNAGRAは、地質調査計画及びその実施スケジュール等も含めた「高レベル放射性廃棄物処分:目的、戦略及びタイムスケール」を公表しました。NAGRAのこれまでの研究成果は、2002年末に連邦評議会に提出された「処分の実現可能性実証プロジェクト」報告書に反映されています。
スイスにおける地下研究所は、結晶質岩を対象としたグリムゼル試験サイトと堆積岩のオパリナス粘土を対象としたモン・テリ岩盤研究所の2カ所があります。これらの地下研究所では、高レベル放射性廃棄物の安全な処分を実施するために岩盤特性の研究などが進められています。
グリムゼル試験サイト (Grimsel Test Site)
source: NAGRA
この研究所は、1984年に放射性廃棄物管理共同組合(NAGRA)によって設置されました。同サイトでの調査活動には、ドイツ、フランス、日本、スペイン、スウェーデン、台湾、米国、欧州連合等の機関が参加しています。現在は長期的な実験が中心となっており、実スケールでの高レベル放射性廃棄物の定置概念の実証、及び人工バリアや周囲の岩盤における放射性核種の移行に関する実験など、処分場と同様の条件下での定置概念の現実的な実証に主眼が置かれています。
モン・テリ岩盤研究所 (Mont Terri Rock Laboratory)
source: NAGRA
この研究所は、1996年に各国関係機関による国際共同プロジェクトとして、スイス国立水文学・地質調査所が中心となる形で設置されました。現在は、スイス国土地理院(Swisstopo)が管理しています。NAGRAは、オパリナス粘土に関する理解を深めるためのデータ取得を目的とした研究を実施しています。NAGRAが参加している主な研究としては、オパリナス粘土での放射性核種やガスの拡散、微生物の活動、母岩への熱の影響を調べる研究などがあります。